餓狼伝theBoundVolume1

Ⅰ(1) 丹波文七が横浜で梶原と対峙し、己の虚空と戦う話。
Ⅱ(2) 竹宮流を残したい藤巻十三と、泉宗一郎を負かし、勝利してなお竹宮流を学ぶ丹波文七の因縁。「最強」を売る北辰館と東洋プロレスのトーナメントが持上がる。
秘篇 青狼の拳 過去編。文七が梶原に負け、関節技を覚えたい河野勇に弟子としてサンボを教えてくれと頼む話。人を斬れるやくざ土方。河野の背を追う梅川。
Ⅲ(3) 現在。梶原に乱入をしかけた文七の替え玉「長田」も、本気のプロレスをやりたいという信念を持っていた。北辰館の道場に「空手を教えてくれ」と乗り込んだ長田は、プロレスの試合で梶原と本気の試合をする。文七は今河野宅で竹宮流とサンボを混ぜようと鍛錬と寝泊りをしており、やくざといざこざを抱えている。
  P819〜の、長田のモノローグで進む死合のシーンが良い。




P153
「本に書いてあったことをそのまま鵜のみにするほど馬鹿じゃない。それほど綺麗な世界でこれまで生きてきたわけでもないんでね。同じことについて話すにしても、立場や見方で違うものさ。みんな自分が可愛いからね」「たまたま、あんたの言うことよりも、巽の言うことの方に、マスコミが大きくページをさいているというだけのことさ」丹波文七と伊達潮男の会話

P166〜169プロレスの乱入に絡んだ話
「素人が乱入なんて、そうはできるものじゃない」
「素人じゃないがね」
「プロレスに関しちゃ素人あ。興行的なかけひきについては特にな――」
「乱入のことか」
「そうだ」
「事前に打ち合わせでもあるのかい――」
「色々だ」
「色々とは?」
きちんと打ち合わせがある場合もあるし、ない場合もある。乱入する本人しか知らない場合もあるし、乱入される方も承知している場合もある――」
「――」
「プロモーターが、わざわざ、レスラーに乱入させたりもする。金を払ってな。時にはあるレスラーを売り出すためにね。自分を売り出したいために、自分の意志だけで、乱入する者もいる。しかし、どういう形の乱入にいろ、ルールがある――」
「ほう?」
「たとえ内緒でやるにしろ、プロモーターの意志に反した乱入はしないってことだ。例外はあるがね――」
「プロモーターの意志?」
「銭になるか、どうか、わかり易く言うならそういうことだ」
「――」
「話題になるかどうかだよ。そのあたりのテーマを、客がどう受けとめてくれるかだな――」
「テーマか――」
文七が言った。
「そういうことだ。どこの世界でも、自分のテーマをもっていなきゃ、のしあがれないってことだ。馬鹿じゃ、レスラーはできないよ。ヤクザだって、サラリーマンだって、馬鹿は三流しかやらせてもらえない」
「――」
(P168 キャリア・話題性などレスラーの格づけを無視したのし上がりは弾かれるという話が続く)
「しかし、それでのしあがった人間もいるんだよ。客に受けてしまえばいいんだ。それで銭のとれるレスラーになっちまえばいいんだよ。客を呼べる、つまり銭をとれるレスラーになっちまえば、客が、いや、プロモーターがこんどはそのレスラーを守ってくれる」
「――」


P257てつこんどう


P379「いつでも死ねる。だからおまえをいつでも殺せるんだと、そういう顔でした――」藤巻十三
 「生きているということは、いつでも死ねるということだ」書店員と信者絶賛のクソつまらないライトノベルにこんな文句があったけど、可能と覚悟は同じ表現で違うな


P387
「本当に竹宮流に未練はないのですか」
「ないと言えば嘘になるよ。しかし、竹宮流が、過去のものになりつつあるのもまた事実だ。わたしののぞみは、新しい武道の中に、竹宮流を生かしてもらうことだ」
廃するのでもなく残すのでもない、妥協した望みもある


P435餓狼伝2転章 長田と川辺
「おれは、プロレスを舐めているやつは、許せないんです。おれたちが本気になったらどれだけのものか、こいつらに教えてやりたいんですよ」
松尾象山は、プロレスを舐めてはおらんぞ――」
「わかります」
「じゃ、どうしてだ」
「世間の奴らが舐めてるからです。八百長だの、ショーだのと、言いたいことを言っている。おれたちの流している血を、ブタの血だなんて言っている人間もいるんですよ――」

酒を飲んだ。このまま終わるものかと、文七は思っている。
終らないという、その言語の意味は自分でもわからない。
ただ、終りたくなかった。
梶原に負けたままで終りたくないという意味もある。
何者かになりたいという、そういう思いもある。
しかし、何になりたいのか。

P530餓狼伝・秘篇 青狼の拳


「私からは逃げられないわ」
「自分からも逃げられないのよ」
荒野の決闘が言っていた。




P585餓狼伝・秘篇 狼青の拳 文七と秋子の会話

「梅川丈助は、確か、柔道に体重制を取り入れるのに、反対していた柔道家だったと思うが――」
「そうです。父は、小柄でしたが、体重制には反対でした。小柄だったから、自分はここまで強くなったのだ、小柄だったから、それを励みに、ここまでやってこれたのだと、そう言っていました――」

P267餓狼伝2序章

入門してくる人間を見ていると、ひとつの傾向があることがわかる。
天才は、凡人に劣る場合が少なくないということだ。
少なくないというよりは、そういうことがほとんどである。
ふたりの人間が、同時に入門してきたとする。
一方の人間の素質には、素晴らしいものがある。(略)
逆に、素質のないものは、なかなか、足が高くあがらない。臍の高さを、バランスを崩さずに蹴ることができる程度である。何度やっても、技の呑み込みが遅い。
だが、最終的に残っている人間はというと、その凡人の方なのだ。
努力する凡人の方が、天才の素質を越えてしまうのである。
凡人は、努力をする。天才に追いつくための努力である。
なかなか技を覚えないかわりに、一度覚えたら、絶対に忘れない。それは感動があるからだ。(略)色々な技を華麗にはつかえないが、ローキックならローキックを、ひたすら覚えて、それを己れの武器としてしまうのである。
それは、その男しか使えない、その男独自のタイミング、バランスを持ったローキックである。天才にも真似はできない。
天才の一〇の技より、そのローキックひとつが、勝利を導いてしまうのだ。

個体値努力値のはなしをしようか


P712餓狼伝3文七に語る河野勇

「謝るこたあないさ。おれも、師の期待にそむいた人間だからな。サンボに負けて、柔道から、サンボに走ったんだ。わかるよ。ひとつのものを手に入れるには、それまで持っていたものを捨てなきゃならない。それで、おれは、柔道を捨てたんだ。」


新装 餓狼伝〈the Bound Volume 1〉 (FUTABA・NOVELS)